サイコパスの素顔

小説を書いています。映画レビューもしております。

CX. 殺人 ⑪

 

「いらっしゃいませ~!」

 

 早起きが得意な人が来店する朝。来店と同時に吹き込んできた空気は気持ちの良い暖かさ。

 よかった……今日もいつもと変わらず清々しい。

 

「おはようございます。今日は何になさいますか?」

 私はいつもの奥の席に腰を下ろした白髪のおじいさんの元へと愛想よく駆け寄った。

 

「おはよう。じゃあ、いつもので」

 おじいさんは顔のしわを伸ばしてにこやかに微笑んだ。

 

「はい。かしこまりました」

 そう言って戻るとオーダーの札を厨房へと持って行く。

 

「ふ~ふふ~ん。ふ~ふふ~~ふ~」

 

 マグカップにコーヒーを注ぐ。

 手にかけたら絶対にやけどするぐらい熱々のコーヒーをこなれた手つきで注いでいく。

 因みに、このカフェでのマグカップは来店頻度によって大きさが前後する。

 初来店のお客様は小さなSサイズ。5回目からはM。20回目からはLと店の規定で決まっているから。

 そして私はコーヒー片手に、左手にはクッキーを2枚。

 

「おじいさん。いつもありがとうございます。これ、おまけしておきますね」

 私はおじいさんに負けないくらいの微笑みを感謝の気持ちとした。

 

「おぉ~ココアクッキーかな? ありがとう」

 

 でもやっぱりおじいさんには敵わなかった。笑顔選手権があったら絶対におじいさんが優勝トロフィーを持って帰る。そして私は準優勝のメダルぐらいかな? そのぐらい、おじいさんの笑顔は歳を重ねた柔和な笑顔だった。人の良さそうな……そんな感じ。

 

「ふ~ふふ~ん」

 

 おじいさんの笑顔を背中に感じながらカウンターの裏に戻る。

 そして私は、おじいさんがクッキーを口にしてくれるのを待った。早く食べてほしいなぁ~って思いながら笑顔で見つめた。

 

「ふ~ふふ~~ふ~」

 

 おじいさんは今のままでもすごく笑顔が素敵だけど、きっとおまけのクッキーを口にしたらあのおじいさんはもっと素敵な笑顔になってくれるはず。美味しい……! って言ってくれるはず。

 だって、クッキーは私の手作りなんだから。お店のメニューでもなんでもなく、私が勝手に持ち込んだ良心的なサービスなんだから。

 

 早く食べてくれないかなぁ~……。

 食べて感想を言ってほしい。食べて喜ぶ姿を見せてほしい。

 

 早く……食べて。早く……効果を見せて。

 私が一生懸命作ったクッキーなんだから。

 

 サイコパスは、不敵な笑みでおじいさんを見守った。

CIX. 愛を知る

 

 頭の中を覗いてみたいと思った人はどれほどいるんだろうか……。

 君はどう? あなたは?

 他の人がどう考えているのかどうかは知らないが……

 

 サイコパスは、毎日考えている。

 

 頭の中を、脳みそをこの目で直に見たいと思ってる。

 長年付き合いのある友人の頭を、つい先日付き合いだした彼女の頭を、僕はかち割りたいと思ってる。もしくは鋸で丸く切り開いてもいい。

 

 そうやって、真っ赤に染まった脳みそをこの目で確かめたい。

 

 …………

 …………

 …………

 

 頭の中を覗きたいと考え出したのはいつ頃だろうか……。

 

 サイコパスは、過去に遡る。

 

 おそらく初めは、「愛」について考えていた時だろう。

 きっとそうだ。きっかけをくれたのは、彼女だった。

 

 18の時、学校一可愛い女の子に告白された。「好きです……!」と言ってくれたその女の子の頬が恥ずかし気な赤色で染められていたのをよく覚えている。

 僕は純粋に、嬉しかった。

 その子は本当に可愛いく、笑顔が素敵で、裏のない性格に惚れる男子高生が続出する理由も頷けた。

 だから僕は、その子の想いに答えた。

 誰もが羨む女の子に「好き」と言われ、撥ね退ける理由などどこにも見当たらなかったんだ。

 しかし結局……

 

 サイコパスは、困ってしまった。

 

 しばらくした後、彼女が駅のホームでこんなことを聞いてきた。

 僕の腕に細い腕を絡ませながら、あの時のように顔を赤らめて。

 

「私のこと好き?」

 

 僕は何も考えず「うん、好きだよ」と答えた。その答えが彼女を喜ばせると知っていたからだ。

 でも彼女は、その答えだけでは飽き足らず、今度は……

 

「愛してる?」

 

 僕の瞳を覗き込んだ。

 輝く大きな目に、期待を膨らませながら。

 

 僕はそんな彼女の目を見て、固まってしまった。「え?」と小さく零した自分の言葉に、僕の思考回路は動きを止めた。

 どうしてすぐに言葉が出なかったのか、どうしてすぐに彼女に「もちろん」と答えてあげられなかったのか、僕には分からなかった。

 嘘だとしても、言ってあげれば彼女が喜ぶことは分かりきっていたのに、どうしてか言葉が詰まった。

 

 だがほどなくして、その答えは自然と出てきた。

 

 僕は彼女を、愛していなかったんだ。

 彼女に対して抱いていた感情は、「愛」ではなかったんだ。

 そんな単純な、簡単な答えだったんだ。

 

 でもそうすると、また一つ、僕の頭の中には疑問が生まれた。

 

 そもそも、「愛」とは何か……?

 

 サイコパスは、知らなかった。

 

 「気になる」「好き」「大好き」「愛してる」おそらくだが、人に好意を寄せた時の表現の大小はこの順で間違いない。

 つまり最大限の愛情表現、それが「愛」。僕はそのように認識していた。

 

 でもその「愛」とは、いったいどういった気持ちなんだ……。

 誰かを好きになる気持ちと愛する気持ちの差はどこにあるのか……。

 

 サイコパスは、再び頭を悩ませた。

 

 悩んで悩んで、人を愛するということが何かを考えた。

 悩んで悩んで、彼女に対する想いを自問自答した。

 

 すると……

 

 サイコパスは、ある考えに辿り着いた。

 

 「好き」とは、その人の好きなとこしか見たくない、こと。

 例えば、好きな人の悪いところを見て幻滅することがあるとする。実際にそうだろう。部屋が汚かったり、食べ方が汚かったりと、嫌なところが垣間見えた瞬間に冷めることはよくある。

 それが「好き」ということだ。

 

 でも「愛」は、違うんだ。

 

 好きな人のすべてが好き。他の人が見れば変だと思うところも、直した方がいいよと指摘されるようなところも、その人の好きなところも嫌いなところも、そのすべてをひっくるめて好きになる。

 

 それが……「愛」。

 

 サイコパスは、答えを見つけた。

 

 そしてさらに、考えを巡らせた。

 

 人を「愛」する。それは、好きなところも嫌いなところも、すべてを知る必要があるということ。それは最終的に、その人の頭の中を見なくてはならない。文字通り、脳みそを、この目で。

 

 愛するためには、その人の今までの記憶を、思考を、趣向、好み、癖、そのすべてを知らなければならない。そして、その人を本当に好きなのか、愛しているのかを見極める必要がある。

 好きな人の脳みそを見ても、嫌悪を感じないのかどうか……それも大事だ。

 

 だから僕には、彼女の頭の中を見る義務が……

 そうして初めて、彼女の問いに答えられる。

 

 愛しているのか……

 そうじゃないのか……

 

 頭の中を覗いて、脳みそを見て、彼女を知らないと……

 

 サイコパスは、脳みそから、愛を知った。

CVIII. 努力は決して裏切らない……とは限らない

 

 人は言う。

「努力をしなさい」と。

 

 人は言う。

「努力をすれば、どんなことでも実現できる」と。

 

 サイコパスは、こう言う。

「努力は決して裏切らない……とは限らない」と。

 

 努力とは、只管に流した汗の結晶であり、それはそれは美しいものである。

 だがその結晶が、確実に良い結果をもたらすということは約束されていない。

 努力とは、万能の代物ではないのだ。

 

 人は言う。

「休まずに励みなさい」と。

 

 人は言う。

「継続は大切なことよ」と。

 

 サイコパスは、こう言う。

「毎日の努力が思い描く結果を生まないことの方が多い」と。

 

 努力とは、それ自体は美しいものだが、誰もが嬉しく思える武器ではない。

 誰よりも強くありたいと願い、誰よりも高みを目指したいと願っても、努力は儚いものである。

 誰もが望むほど、努力は褒められるものではない。

 

 人は言う。

「才能よりも努力をすることの方が大切なことよ」と。

 

 人は言う。

「夢があるなら努力をなさい。必ず叶うわよ」と。

 

 サイコパスは、こう言う。

「才能に勝る努力は存在しない」と。

 

 どんなに努力をしても、才能を持つ者には絶対に勝てない。超えることはできない。

 努力だけに重きを置き、何よりも努力が絶対的なものだと思っている者に才能ある者の背中は見えてこないだろう。

 努力とは、その人の思いを叶える都合の良い道具ではない。

 

 だが……

 

 サイコパスは、こうも言っている。

 

「才能は、誰もが持っている。それがどんな才能なのかはわからないが、必ずある。その才能を見つける為に、人は努力を怠ってはいけない。努力に結果を求めることは愚かなことであるが、才能を探す為の努力を怠る者は愚の骨頂である。自分の才能が運よく見つかれば、努力は途端に尊い存在に思え、才能が見つからなければ、その時の努力は無駄なものに思える。だが、嬉し涙を流す者も悔し涙を流す者も、結果によって2つの意味を持つ努力を成し得た者には笑う資格がある。間違っても誰かに笑われる筋合いはなく、努力を次の努力へと、次の才能の発見に役立てればいい。才能ある者は、それを知っているのだ。すでに努力に努力を重ね、努力という過程に満足するのではなく才能を見つける結果にこだわりを見せ、血と汗を滲ませた者であるからこそ、才能を持つ者は努力をしている最中の者には決して負けない。努力とは、そういうものである」