サイコパスの素顔

小説を書いています。映画レビューもしております。

LXXV. 学歴社会

 

 サイコパスは、大学に入って3年が経つ。

 

 今週は、テスト期間。大学の卒業を賭けた大勝負だ。

 一週間で8つものテストがある。専門科目から教養科目まで多種多様。一夜漬けで満点が取れる比較的容易なテスト、何週間も前からみっちり勉強しないと合格点にすら届かない難しいテスト。様々だ。

 でも私は平気。

 

 だって賢いもん。

 

 誰よりも……とは言えないけど、私はそこそこ頭がいい。

 大学の単位を落としたことなんてないし、成績も優秀。だから気がかりなことは何もない。これから先も、順風満帆な人生を歩める! と思っていた……のに……どうして……。

 

 どうして私の手首には冷たい感触があるの? 

 どうして私はこんな狭い部屋に閉じ込められたの?

 

 何が間違っていたのかわからない。

 私はこんなにも賢いのに、目の前には頭の悪そうな男の人たちが群がっている。

 

 ねぇ……どうしてそんな怖い顔で見つめるの?

 

「なぜ殺した?」

 男の一人がそう言った。

 

 なぜ……? どうしてそんなことを訊くの?

 

「答えろ!」

 隣の男の人が机を強く叩いた。

 体がビクッと動く。一瞬だけ、頭の中が真っ白になった。

 

 ねぇ、どうして?

 どうして私はこんなに虐められているの? 

 ねぇ……どうして……?

 

「人を殺しといてその態度は何だ!」

「動機はなんだ!?」

「恋人関係のもつれか!?」

 矢継ぎ早に飛んでくる鋭い声。私は、震えるしかなかった。

 

 何がいけなかったの? 何がどうして、この男の人たちは怒っているの?

 

 ……教室で騒ぎを起こしたから?

 テスト落ちたわ~、って騒いでいた人の口に筆箱を押し込んだから?

 カンニングをしていた人の両目にボールペンを刺したから?

 

 ねぇ……私何か悪いことした? してないよね?

 

 間違っていない。間違っていない。私は間違ってなんかいないよね……?

 だってこの世界は……学歴社会だもん。

LXXIV. 電車に揺られながら

 

 サイコパスは、よく小説を読む。

 

 電車に揺られながら、って言葉、よく見かける。

 小説とかの決まり文句だよね。出だしに困ってるときや物語を締めたいとき、よく使われるよね。

 

 サイコパスは、筆を握った。

 

 電車に揺られながら……わたしも使ってみたい。

 

 電車に揺られながら、わたしはバッグに手を伸ばす。

 電車に揺られながら、わたしは参考書を手に取った。

 電車に揺られながら、わたしは明日の英単語テストの範囲を暗記する。

 電車に揺られながら、わたしは隣の汗臭いおじさんにできるだけ触れないよう気をつける。

 電車に揺られながら、わたしは今日の晩御飯が何かと考える。

 電車に揺られながら、わたしは好きなあの人の笑顔をそっと浮かべる。

 

 電車に揺られながら、わたしは……電車が揺れすぎなことに苛立ちを覚える。

 

 電車に揺られながら、わたしは怒りの矛先を隣のおじさんに突き立てる。

 電車に揺られながら、わたしはおじさんが苦痛の表情を浮かべているのをただじっと見降ろしている。

 電車に揺られながら、わたしは鬱憤を晴らせた喜びで笑顔が溢れてくる。

 電車に揺られながら、わたしは床に広がる血だまりが足元で揺れていることに気がつく。

 

 電車に揺られながら、わたしは人を殺した。

 

 サイコパスは、電車に揺られながら……。

LXXIII. 友達

 

 サイコパスは、人を殺した。

 

 僕は人を殺した。

 でも興味本位で殺してしまったから、この後どうしていいか分からない。

 そこで僕は友達に電話することにした。

 

「あ、もしもし、僕だけど、今大丈夫?」

「今? ……うん、大丈夫よ。どうしたの?」

 

 電話に出た友達の呼吸は荒かった。

 

「なんか呼吸荒くない? 大丈夫……?」

「大丈夫、大丈夫。ちょっとランニングしてただけだから。それで、何の用?」

「えーっと、少し聞きたいことがあって連絡したんだけど……いいかな?」

「いいわよ、どうしたの?」

「実は……人を殺しちゃったんだ」

「ウソでしょ……!? あなたが殺ったの?」

「そうなんだ。でも突発的に殺しちゃったから、この後どうしていいか分からないんだよ。お願い、力を貸して」

「あー、そういうことね。わかったわ。それじゃ助言してあげるからメモでも取って」

「うん、わかった」

 

 その後数分間、僕は友達の言葉を一言一句しっかりと聞き取り、ペンを走らせた。

 

 友達のアドバイスは、的確だった。

 死体の解体の方法。持ち物の処分の方法。足がつかない証拠隠滅の方法。そのすべてをレクチャーされ、僕は必死に頭に叩き込んだ。

 

「……これで最後かな。なんかわからないことある?」

「ううん、大丈夫、助かったよ。ありがとう」

「またなんかあったら遠慮しないで連絡してね」

「うん、連絡する、ありがとう」

 

 そして僕は電話を切った。

 そして僕は思った。

 

 『持つべきものは友達である』と。

 

 困ったことがあったら相談に乗ってくれる。

 分からないことがあったら優しく教えてくれる。

 自分ひとりじゃどうしようもない時、助けてくれる。

 

 頼りたいときに頼れる存在、それが『友達』。

 

 サイコパスは、友達の大切さを知った。