XCI. 目障り罪
優先席に座る、平気で通話する、見た目ヤンキー。はい、死刑。
派手なベルト、夜なのにサングラス、横柄な態度。はい、死刑。
茶髪、日サロ黒、キャップ、キツい香水。はい、はい、死刑。
マナーがなっていない、自分のことをカッコいいと勘違いしている、典型的アホ。もちろん、死刑。
サイコパスは、死刑の数に笑みが零れた。
この世界は、割と死刑が多い。そしてその対象は、こんな奴だ。
チャラチャラして頭悪い。勉強もできず、学ぶ姿勢もない。結局同じようなチャラついた女と結婚し、計画性のないそんなカップルは若くして子供をもうける。低賃金に劣悪な環境、低い知能と乏しい感性。そんな親に育てられた子供もまた、同じ末路を辿っていく。
負の連鎖、スパイラルに囚われた種は、切り捨てなければならない。
サイコパスは、切実に思う。
だがしかし……
そういうバカが世の中にいた方が、都合がいい部分もある。搾取する側からすれば、何も考えないで生活するバカからたんまり金をせしめることができて、非常に都合がいい。
国としては、都合がいいのだ。
だがしかし……
サイコパスは、許せない。
……目障りだ。
都合が良くとも、目障りだ。
目に余るバカ面に、許容できないアホな言動。周りに迷惑をかけるその態度、立場をわきまえていないその面が……許せない。
死刑にして良い。
そんな奴らを見かけたら、その場で殺してもいい、そんな法案が成立。
これでいい。
今よりもずっと、世界は美しくなる。
サイコパスは、願った。
……そんな世界を。
XC. 殺人 ⑨
波の音にその身任せ、隣にいる美しい女性の横顔を盗み見る。
幸せといえるこの時間、朝7時の太陽は優しかった。
「綺麗ですね」
彼女が言う。
「ええ。綺麗です」
僕が言う。
「サキさんは、海好きなんですか?」
「う~ん。好き。よく一人で来たりする」
輝く瞳を海に向け、彼女は穏やかに笑った。
惚れ惚れとする彼女のその顔を、僕はただじっと見つめている。
「……変だよね? 一人で海にくるなんて」
沈黙が変な誤解を生んでしまった。僕は慌てて彼女に詰め寄る。
「そんなことないです! 変じゃないです! 僕も海好きですし、一人でよく来ますよ!」
あまりにもムキな態度を示したせいか、少しびっくりしてしまう彼女。でもそのあとに続いたのは、素敵な微笑みだった。
「じゃあ、あなたは変な人ですね」
「…………」
「ぷっ、あははは。冗談ですよ」
僕とは違って、冷静なユーモアを見せた彼女。それにつられ、僕の顔も自然と緩んでいた。
改めて思う……素敵な時間。
別に、特別なことをしているわけではない。
別に、僕と彼女が付き合っているわけでもない。
別に、この後彼女とどうしたいとか思っているわけでもない。
別に、彼女を振り向かせたいと思っているわけでもない。
毎日のように顔を合わせるようになった、ただの客とカフェ店員。そのふたりが朝日を見ているだけ。ただ海辺でゆったり時間を過ごしているだけ。ただ、それだけ。
でも僕にとっては、その、別にが、その、ただ、だけが……
――特別に感じた。
彼女が笑う。僕も笑う。波の静けさに、ふたりの笑い声が重なり合った。
サイコパスは、この素敵な人を手に入れたいと思った。
……絶対に。
LXXXIX. 靴
サイコパスは、コレクションを見てしみじみと感じた。
おもしろいよね……靴って。
サイコパスは、靴に対して不思議な感情を抱いていた。
それも新品の靴じゃなく、何年も履き潰したようなおんぼろ靴。
人が履いた靴には、歴史が詰まっている。
その人の思い出や経験もいっぱい詰まっている。
かけがえのない一つ一つの個性が染み込んでいる。
その靴をこの手に取るたび……感じる。
その人のすべてがわかる気がする。
……その感覚がたまらない。
サイコパスは、古靴に心惹かれた。
でも残念なことに、そういう靴はなかなか手に入らない。
売っている古靴は、綺麗にクリーニングされていて意味をなさないし、捨ててある靴を漁るのは乞食みたいで気が引けた。
だから……奪うしかなかった。
サイコパスは、人を殺した。
仕方なかった。
そうしなければ欲しい物なんて手に入らない。
それに、殺した人たちは実のところ死んではいないんだ。
だって、そうだろ……
その人たちの人生は、ちゃんと靴の中で生きているんだから。