XXVII. 美しき生き物
サイコパスは、劣等感を抱いている。
醜い外見も中身の無能さも、自分のすべてが嫌いだった。
「お前は出来損ないのクズだ!」「顔を見るだけでイライラする!」「勉強もできない運動もできない、あんたみたいなブスな子産まなきゃよかった」
サイコパスは、親に罵られて育てられた。
それは家だけでなく、学校という狭い世界の中でも同じだった。
みんなが私のことを馬鹿にする。
口をきいてくれないのは当たり前のことで、挨拶なんてものはされたこともない。
でもそれは仕方のないことだと思っていた。
陰でこそこそ悪口を言われていることを私は知っていたが、それは私が暗くて落ちこぼれだし、みんなは間違っていない。
すべては自分の存在自体が悪いんだ……
そうやって自分に言い聞かせてきた。
学校にいる間は、みんなから病原菌でも見るような視線を浴びさせられ、家に帰れば親から虫けらのように扱われる。
私は何もすることなく、誰にも迷惑をかけることなく、だからといって誰かの役に立つわけでもなく、意味もなく一日一日を生きてきた。
私は何のために生きているんだろう……? その答えを出すヒントなんてどこにもなかった。
『孤独』。その2文字が私のすべてであり、人生だった。
――彼女が私の目の前に現れるまでは。
サイコパスは、あの日を決して忘れない。
彼女は前触れもなく、私のいる暗闇の世界に手を伸ばしてきた。
彼女は私の目をしっかり見て、嫌な顔一つせず「おはよう」って声をかけてくれた。
突然の出来事に私はびっくりした。それと同時に、なんでこんな綺麗な子が私に話しかけてきたんだろうと疑心暗鬼になった。
何かの罰ゲームで私に話しかけてきたんじゃないか、そうとしか思えなかった。
私は彼女の目を見ることなく、「おはよう」って挨拶を返した。
そしたら彼女、ニコッと笑ってどこかへ行ってしまった。
それ以上何もなく、何だったんだろうという疑問だけが残り、そこからはいつもと同じ無意味な一日だった。
でも次の日、彼女はまた「おはよう」って声をかけてきた。
次の日もその次の日もまたその次の日も、彼女は私に微笑みかけてきた。
毎日毎日欠かすことなく、当たり前のように「おはよう」と。
ただ挨拶を交わすだけの一瞬の時間。
普通の人からしたらごく一般的な日常だけど、私には不思議で仕方なかった。
この世界に不適合な生き物である私に、誰からも相手にされない空気のような私に、彼女はどうしてか温かい笑顔を見せてくれる。
その彼女の姿に偽りはなく、私が見たことのない輝きを放っていた。
サイコパスは、あることに気づいた。
彼女と挨拶を交わすたびに、私の中で何かが変わっていく様に気づいた。
冷たいものが徐々に溶かされていく感覚。私の内側で起きるその化学反応は嫌なものじゃなく、心のどこかで待ち望んでいたものだったのかもしれない。
たかが挨拶で何を言っているんだと思われるかもしれないけど、私にとってはそれが生きる意味になった。
彼女はみんなとは違う生き物だと気づかされた。
彼女は、意味もなく暴力をふるってくる親や嫌悪の目を向けるほかの人とはまるで違った。
劣等感の塊である私とはかけ離れた存在の彼女。
――天使。
その言葉が最もふさわしい存在が、私にとっては彼女だった。
暗闇の中にいる私を引っ張り上げてくれた彼女は、優しく美しき天使だった。
憧れるほどの美貌を持つ彼女は、その心さえも美しいと私は感じた。
彼女と話すことで、私は人生で初めて心の底から笑うことができた。
サイコパスは、彼女に心を救われた。
『おはよう』。
たった4文字の彼女の言葉には、私が感じたことのなかった光があった。
『おはよう』。
この言葉に私は生きる意味を見出すことができた。
彼女の輝きに満ちた笑顔、その彼女が口にする優しき言葉に、私の心がじんわりと溶け出した感覚を忘れることはない。
『孤独』という檻に囲まれた、真っ暗な闇に包まれた私の人生に、一筋の光を差し込んでくれた彼女のことを、私は生涯忘れない。
サイコパスは、彼女という美しき生き物に光を感じた。