LXVII. ぐるぐる
サイコパスは、趣味を持つ。
私は今、28歳。いい年して結婚もしないでアパートで一人暮らししています。
普通のOLをしています。受付嬢みたいに可愛いわけではないですが、それでも一生懸命仕事をしています。時代遅れのセクハラ、男尊女卑に囚われた男性社員のパワハラに耐え、毎日必死に生きています。
こんな私でも、趣味の一つぐらいはあります。私の趣味は、小学生の頃から変わりません。
友達もできず、勉強熱心に机と向き合っていた私の趣味は、鉛筆削りでした。
文庫本ぐらいの大きさです。私の小さな手には収まり切らない鉛筆削りです。鉛筆を真ん中の穴に差し込んで、動かないよう左手で押さえて回します。
ぐるぐると、ぐるぐると、回して回して、ぐるぐると。
手応えが無くなるまで回し続けると、鉛筆は綺麗な木目を浮かび上がらせます。その先に尖る黒鉛の輝きが好きでした。そして何より、シャープな形そのものに心を惹きつけられました。
サイコパスは、ある夏の日を思い出す。
私は夏休みがとても好きでした。おそらく他の人とは好きな理由が違いますが、夏休みが近づくと胸が躍りました。
私は、夏休みに出される宿題の数々に感謝していました。
宿題が出されるということは、それだけ鉛筆を使う機会が訪れるということです。私にとってそれは、大変喜ばしいことであり、鉛筆削りをぐるぐると回す真夏の日が大好きでした。
削った鉛筆を机の上に並べ、その姿を目にするだけで、私の心は澄み渡る気がしたのです。
ぐるぐると、ぐるぐると、回して回して、ぐるぐると。
サイコパスは、残業疲れでソファーに倒れこむ。
明日も朝が早いのです。寝ないといけないのです。でもその前にやることもたくさんあるのです。
ご飯を食べて、お風呂に入って、歯磨きをして、そして趣味に少しだけ触れて、お休みをとります。それが私の習慣です。
ストレスが溜まらないように寝る前に必ず趣味の時間をとるのです。
サイコパスは、地下室に向かう。
趣味は静かな場所で行うに限ります。
防音壁に囲まれた地下室なら音も漏れません。
趣味に没頭するなら地下がいいのです。
サイコパスは、こなれた手つきで鉛筆削りを取り出す。
でも削る物は、鉛筆じゃないんです。
そこだけは昔と違うのです。子供の頃削って喜んでいた鉛筆では、今はもう満足できなくなってしまいました。木目や黒鉛の鋭さだけでは心が澄み渡らないのです。
サイコパスは、一本の木の枝のようなものを手に取る。
枝よりは太く、長さは10センチにも満たない。中心部分には皺が刻まれており、先端には硬い甲羅のようなものが被さっている。
つるつるな甲羅の下に透けるピンク色。ほんの少し圧力を加えると瞬く間に白くなるのです。
鉛筆を差し込むのと同様にその小枝を真ん中に通します。
そして固定します。
左手でしっかりと押さえたら、勢いよく回します。
ぐるぐると、ぐるぐると、回して回して、ぐるぐると。
ザクザクとこの手に感じる衝撃の味を噛み締めながら。
ぐるぐると、ぐるぐると、回して回して、ぐるぐると。
サイコパスは、小枝を抜き取る。
抜き取られた小枝に木目はありません。漆黒の黒鉛も見られません。
代わりに目に映るのは、真っ赤な色なのです。
滴り落ちる赤色に混ざって柔らかい何かが顔を出すのです。
触ると、ぷにぷにとした弾力に跳ね返されます。
上に乗っていた甲羅はどこにもありません。削っている最中に無くなってしまったのでしょうか。
……もう一本、いきます。
サイコパスは、ひたすらに回し続ける。
ぐるぐると、ぐるぐると、回して回して、ぐるぐると。
ぐるぐると、ぐるぐると、回して回して、ぐるぐると。
ぐるぐると、ぐるぐると、回して回して、ぐるぐると。
……ふぅ……今日はこのぐらいにしておきましょうか。
私は満足です。
机の上に並べられた5本の小枝が扇形に広がっています。
短いものから長いもの、同じ長さのものは一つとしてありません。
どの小枝も、先端が尖っています。ベチャベチャと少し水分を含んでいます。うねるように赤い筋が浮かび上がっています。中には、先端の中心部から白いものが出てしまっているのもあります。
キレイです。
美しいのです。
皮を削られたシャープな顔立ちが揃って私を見つめるのです。
心が躍るのです。
やめられません。
心が、澄み渡るのです。
サイコパスは、ぐるぐると、ぐるぐると、回して回して、ぐるぐると。