LXXIV. 電車に揺られながら
サイコパスは、よく小説を読む。
電車に揺られながら、って言葉、よく見かける。
小説とかの決まり文句だよね。出だしに困ってるときや物語を締めたいとき、よく使われるよね。
サイコパスは、筆を握った。
電車に揺られながら……わたしも使ってみたい。
電車に揺られながら、わたしはバッグに手を伸ばす。
電車に揺られながら、わたしは参考書を手に取った。
電車に揺られながら、わたしは明日の英単語テストの範囲を暗記する。
電車に揺られながら、わたしは隣の汗臭いおじさんにできるだけ触れないよう気をつける。
電車に揺られながら、わたしは今日の晩御飯が何かと考える。
電車に揺られながら、わたしは好きなあの人の笑顔をそっと浮かべる。
電車に揺られながら、わたしは……電車が揺れすぎなことに苛立ちを覚える。
電車に揺られながら、わたしは怒りの矛先を隣のおじさんに突き立てる。
電車に揺られながら、わたしはおじさんが苦痛の表情を浮かべているのをただじっと見降ろしている。
電車に揺られながら、わたしは鬱憤を晴らせた喜びで笑顔が溢れてくる。
電車に揺られながら、わたしは床に広がる血だまりが足元で揺れていることに気がつく。
電車に揺られながら、わたしは人を殺した。
サイコパスは、電車に揺られながら……。