LXXXIV. 時代が親切心を殺す
サイコパスは、今日見た風景をそのまま話す。
電車の中。向かい側に座る女子中学生ふたりが目に入った。
その隣には、おばあちゃん。歳は、おそらく70ぐらい。その隣にはおばあちゃんの息子らしい男性がいた。年齢は30代後半ぐらいだ。
電車が進み始めると、おばあちゃんは隣の女の子に話をかけた。
サイコパスは、何を話しているのか耳を傾けてみた。
すると……話の内容はこんな感じだった。
「お嬢ちゃん、荷物多くて大変だね」
「えっ? あ、はい」
「これには何が入っているの?」
「……習字道具です」
「あぁ、そうなんだ。習字ね。懐かしいわね。……学校はどこなんだい?」
「……××中学校です」
「あぁそうかい……」
一通りの会話がそこで終わる。
すると今度は、おばあちゃんが何かを手に持った。
その何かは、隣の息子らしき男性から手渡された何かだ。
「これ食べな」
「えっ……だ、だいじょうぶ……です」
明らかに女の子の顔が歪んだ。
「遠慮しなくていいんだよ。食べな。ほら、隣の子も」
渋々と受け取る女子中学生。その正体は、キャラメルだった。一つ一つが紙で包まれた四角いキャラメル。
それを貰った女子中学生は困惑していた。
サイコパスは、その光景に感じるものがあった。
知らない人から貰ったものを食べるなんて怖い。でも親切心でくれた食べ物を無下に扱うことは失礼だ。
どうしていいか分からない。
きっと、彼女たちはそんな思いで顔を歪ませているのだ。
そしてその後も、おばあちゃんと息子の一行が電車を降りるまで、話しかけられる状態が続いた。
しかし女の子は次第に顔を下に向けた。突っ伏した顔をバッグにうずめ、できるだけ話を振られないような状況を作り出そうと試みたようだ。
サイコパスは、行き場のない虚しさを感じた。
おばあちゃんが下りた後、ふたりの女子中学生は手に何かを持っていた。
重ねるようにして持つそれには、紙がまとわりついていた。
――キャラメルだ。
彼女たちは、貰ったキャラメルを口にしなかったのだ。
それを大切そうに……いや、汚いものでも触るようにして、指でつまんだ。
そして彼女たちも、次の駅で降りて行った。
おそらくだが、あの親切心の塊であるキャラメルは捨てられてしまうのだろう。
家に帰った彼女たちは、父や母にこう話すのかもしれない。
「今日ね、変なおばあちゃんにキャラメル貰ったの。もちろん食べてないよ。怖くて食べられるわけないじゃん。捨てたよ。そんなもの。何考えてるんだろうね……あのおばあちゃん」
サイコパスは、どうしてか悲しくなった。
おばあちゃんの親切心がゴミとなるからなのか。
親切心が、時代とともに邪魔な存在へと変わることを目の当たりにしてしまったからなのか。
笑顔だったおばあちゃんを想うと、胸が苦しくなった。
他人を疑わないと生きていけない時代に変わり果ててしまった悲しさが、心の奥底に姿を現した。