XC. 殺人 ⑨
波の音にその身任せ、隣にいる美しい女性の横顔を盗み見る。
幸せといえるこの時間、朝7時の太陽は優しかった。
「綺麗ですね」
彼女が言う。
「ええ。綺麗です」
僕が言う。
「サキさんは、海好きなんですか?」
「う~ん。好き。よく一人で来たりする」
輝く瞳を海に向け、彼女は穏やかに笑った。
惚れ惚れとする彼女のその顔を、僕はただじっと見つめている。
「……変だよね? 一人で海にくるなんて」
沈黙が変な誤解を生んでしまった。僕は慌てて彼女に詰め寄る。
「そんなことないです! 変じゃないです! 僕も海好きですし、一人でよく来ますよ!」
あまりにもムキな態度を示したせいか、少しびっくりしてしまう彼女。でもそのあとに続いたのは、素敵な微笑みだった。
「じゃあ、あなたは変な人ですね」
「…………」
「ぷっ、あははは。冗談ですよ」
僕とは違って、冷静なユーモアを見せた彼女。それにつられ、僕の顔も自然と緩んでいた。
改めて思う……素敵な時間。
別に、特別なことをしているわけではない。
別に、僕と彼女が付き合っているわけでもない。
別に、この後彼女とどうしたいとか思っているわけでもない。
別に、彼女を振り向かせたいと思っているわけでもない。
毎日のように顔を合わせるようになった、ただの客とカフェ店員。そのふたりが朝日を見ているだけ。ただ海辺でゆったり時間を過ごしているだけ。ただ、それだけ。
でも僕にとっては、その、別にが、その、ただ、だけが……
――特別に感じた。
彼女が笑う。僕も笑う。波の静けさに、ふたりの笑い声が重なり合った。
サイコパスは、この素敵な人を手に入れたいと思った。
……絶対に。