XLVII. 君しかいない
牡蠣フライ定食を注文したものの、喉を通るわけがなかった。
箸を持つ手を下ろし、痛みだす胸に手を当てる。
冷静になって初めて、溢れる悲しみの波に襲われた。
痛みは次第に大きくなり、耐えることはできそうにない。
サイコパスは、定食屋を後に交番に向かった。
数時間前、僕は彼女を待ち伏せして問いただした。
どうしてこんなにも君のことを思っているのに、君は僕の気持ちに応えてくれないんだ。
君は僕のすべてだ。
君だってそうだろ、僕は君のすべてだろ……?
すると彼女は僕の手を振り払い、怪訝な顔つきでこう言った。
「もうイヤなの。あなたとの関係は終わったのよ。だからもう付きまとわないで! ……あなたとは出会わなきゃよかったわ」
考える間もなかった。
気づいた時には、彼女を押し倒し、彼女の腹部や胸部、顔を数十か所メッタ刺しにしていた。
隠し持っていた包丁を強く握りしめて豆腐に刃を入れる感触に支配された。
その時の自分の気持ちなんて分からない。
怒りや憎しみとはまたどこか違う感情を抱いていたんだと思う。……いや、感情なんてなかったのかもしれない。
ただ僕の気持ちを分かって欲しくて、大好きだという気持ちを伝えたくて、一心不乱に彼女を突き刺していた。
ハァハァと荒い息を吐きながら、僕は彼女を見下ろした。
これまで僕の傍で笑っていてくれた彼女が、血の海に沈んでいく姿が目に映る。
一緒に海に行ったり、花火を見に祭りに行ったり、結婚の約束をする仲にまで愛し合っていたはずなのに……いつからおかしくなってしまったのだろう。
僕と彼女の歯車はいつからズレてしまったのだろうか。
サイコパスは、わけが分からなくなりその場から逃げ出した。
でもどこに逃げていいかも分からず、ふと入った定食屋のニュースで彼女の死を知った。
僕は気づいた……最愛の人を殺してしまったことに。
サイコパスは、涙をこぼした。
僕には彼女しかいない。そう思っていたはずなのに、その大切な彼女の命を自らの手で奪ってしまった。
結局、彼女は最後まで分かってくれなかったけど、もう少しお互いに歩み寄ればまだ可能性があったのではないかと今更ながら思う。
でも、もう遅い。
もはやどうでもいいことだ。
彼女がいないんじゃ、僕はもうダメだ。
生きられない、生きる意味なんてない。
心のどこかにぽっかりと穴が開いてしまい、どろっと何かが流れ出す。
彼女の笑顔、彼女の声、彼女と過ごした幸せな思い出のすべてがなくなっていく。
耐えられない……この先ずっと彼女なしで生きていくなんて考えられない。……考えたくない。
イヤだ……ムリだ……もうダメだ。
果てしない孤独に押し潰されてしまいそうだ……
何もない……何も感じない……何もかも分からない……
サイコパスは、虚無の世界に陥った。