LXXXVIII. 砂抜き
ジャリ……ッ! うっ……。
サイコパスは、口の動きを止めた。
……最悪。またかよ。
サイコパスは、口の中で噛み潰したものをすべて吐き出した。
テーブルの中に吐き出されたそれは、身と僅かの砂粒。
おいおい! これマジで不快だわー。美味しく食べてるのに急に訪れる「ジャリッ!」。貝とか魚とか、とにかく魚介類を食べるときに起こるアレ。マジ勘弁。不快極まりないわ!
ペッ……!
サイコパスは、口の中に残る違和感を取り除いた。
「おい! 料理長!」
サイコパスは、すぐさま料理長を呼び出した。
「どうなさいましたか?」
「どうなさいましたかじゃねぇよ! ふざけんなよ! この食材しっかり砂抜きしたんだろうなー!?」
おどおどとする料理長。その返答は曖昧なものだった。
「したはず……ですが……」
「したはず……ですが……じゃねぇよ! はずとか言ってる時点でできてねぇんだよ! ぶっ殺すぞ!」
サイコパスは、横暴とした態度でナイフを床に叩きつける。
その怒った様子は恐ろしく、料理長も只管に頭を下げるしかない。
「申し訳ございませんでした! すぐに新しい食事をお持ちします。しばしお待ちくださいませ」
このままじゃ自分も殺されると思ったのか、料理長はそそくさと厨房に踵を返した。
「……おいっ! 待て!」
「はいっ!」
急ブレーキをかけ、振り返る料理長。
「この肉、どこで仕留めた?」
「屋敷前のプライベートビーチにて殺しました」
サイコパスは、考えるようにして頷く。
「どうりで。この肉、塩っけ強いぞ!」
「申し訳ございません!」
サイコパスは、薄味がお好み。
LXXXVII. 赤ワイン
サイコパスは、ワインを口にして一言。
――美味い!
ワインは、赤と白があるが、私はもっぱら赤が好きだ。
渋みとコクが口の中に広がっていき、舌の上の10,000個の味蕾を刺激する。
その瞬間、欲しくなってしまうのだ……厚めの極上肉が。
君たちだってそう思うだろ。
サイコパスは、想像しただけで口の中に肉のうま味が広がってくるようだ。
だが、なぜ、赤ワインと肉が合うのだろうか……? よく考えれば、葡萄酒と肉が合うなんて不思議な話だ。
だってそうだろ。
酒は抜きにして、ブドウと肉を同時に食べて美味しいだなんて感じるわけがない。
だったら、なぜ、葡萄酒と肉は合うのだろうか……?
白ワインは合わないよな。完全に合わないというわけではないが、それでもやはり、白は合わん。
肉と合うのはやはり――赤だ。
赤しかないのだ。
赤ワインと肉が口の中でぶつかり合い、肉に染み込んだワインが、噛んだ途端に噴き出してくる。
それは、まるで、生身の人間を粉々に吹き飛ばす様に等しい。
なかなか現実では行うことのできない、許されざる行為、その姿が、口内という誰にも見えない環境で、当然のように行える。
――素晴らしいことではないか。
してはいけない、そういった背徳感があるからこそ、人々は血に飢えるように赤ワインと肉を同時に欲するのだ。
サイコパスは、これからワインを口にする度に思うことだろう。
――いかに人間が、バイオレンスな生き物であるということを。
LXXXVI. 形なき形
整形……形を整えること。
整形にはいろいろな意味があるが、そのほとんどは「ブサイクな顔をキレイにすること」の意味で用いられる。
生まれたときの顔では満足できない……だから整形する。
というよりは、ブサイクが故に虐げられてきたから顔を変える。オブラートに包まずに言えば、そういうことだ。
顔を変える理由は、他人の目が気になるから。
本人が何と言おうが、それが答えだ。
違う、違う……自分自身、今のこの顔が嫌いだから……と言い訳しても、結局のところ、自分自身の顔に嫌悪感をもたらしたのは他人の目だ。
この現実を受けとめなければ、何度顔を変えたって意味はない。
じゃあすべては他人が悪いのか? 整形の理由を作り上げた他人が悪い? 人の顔を面白おかしくイジる他人が悪い?
いや、そうではない。お前が悪いのだ。
周りの目を気にして生きる道を選んだお前が悪いのだ。
もちろん、すべてお前の責任だと責め立てるつもりはない。だが無常なるこの世界において、虐げられる環境を打破することは困難。他人のせいにしてばかりじゃ、解決策など見つからない。
だとしたら、やはりお前が悪いのだ。
もはや整形ごときじゃその歪んだ道を逸れることはできやしない。
結局のところ、変えなければならないのは、お前の考え方だ。
いくら他人の目にブサイクに映ろうが気にするな。自分の顔を自分自身が愛さなければ、一生他人に支配されて生きることになる。
整形でキレイになっても、恋人にその美しい整形顔を褒められても、お前自身を好きになってくれたわけではない。その整形を好んでいるに過ぎないのだ。
そのことに気づかない愚か者ならば、もう言うことはない。好きなだけ整形すればいい。
瞼を二重にしろ。
鼻を高くしろ。
顎を細くしろ。
そうやって形を整えるだけの世界で生きろ。
だがそこに、本当の意味での美しさはない。
誤った美に惑わされ溺れていく愚者の姿が鏡に映るだけ。そんな世界は僅かな綻びで崩れ去る。
形に美を見出すことしかできない世界には、何の価値もない。
そんな世界の住民になりたくないのであれば、考え方を変えるしかない。
何が美しく、何が虚像の美しさであるかを見極める思考が必要となる。
そのためには、まず鏡を見ろ。
映る自分の姿は……ブサイクか? キレイか?
いや、どちらにせよ大した違いはない。
そんなところで立ち止まるな。
そんな目で価値を測るな。
曇りなき眼で、他人がどう見るかではなく、自分がどう見るかを、考えよ。
その先に映る明るさが、美しさが、見えてくるはずだ。
見えないのであれば、お前はまだ分かっていない。本当の美しさが何たるものかを見ることができるまで……自分と向き合え。
心の形を整え、美しくあるのだ。
そのことに気づけた者は永久に美しい。
サイコパスは、そう考えた。