XCVI. 破壊衝動
形あるもの、いつか壊れる。
人には何かを破壊したいという欲がある。
だが壊すものがなんでもいいというわけでもない。
サイコパスは、決まったものしか壊さない。
手ごろに手に入るもので言えば、ビー玉。
それに、明かりの点いている電灯。
あとは、ワイン。ワインが入った状態のボトルだ。
共通点が何かわかる?
……そうだ。私が壊すものは、美しいもの。
ビー玉はその球体が妖艶で、透き通る美貌を持つ。
電灯は直視できないほどの眩しさを持ち、温かみを持つ。
ワイン。これはちょっと特殊で、割れたときに飛び跳ねるワインが作り出す造形に美しさを感じる。
つまり、私が壊すものすべては、美しい。
美しいものを壊すからこそ、破壊欲求は満たされる。
でも……
サイコパスは、もっと美しいものを壊したい。
炭素と窒素と酸素と水素でできた有機物。骨と筋肉、脂肪と皮で形作られている生き物。発達した脳で文明を築き、社会という名の集団で生きる複雑な生き物。
私は、その人間という生き物を壊したい。
男、女、白人、黒人、様々な人種がいるけど、すべては同じだ。
美しいものは美しく、醜いものは醜い。
私はその中でも、やはり美しいものにしか興味はない。
細身のスタイルが美しい。
顔の見栄えが美しい。
惜しみない努力を続ける精神が美しい。
美しいものに理屈はない。美しさは形を問わず平等に美しい。
私はそれを、壊したい。
限りなく残酷な方法で、見るも無残な姿に変えたい。
美しかったものが朽ち果てる姿を見ながらお酒を飲みたい。
散らばった破片でこの手が汚れても、それはまた別の美しさを生む。
美しいものが壊れ、美しくなくなった。消えた美しさは私の手に宿ったのだ。
誰もが苦労して手に入れた美しさを、私は壊すことによって奪い去る。
奪った美しさは、誰かが私を殺すまで失われることはない。
サイコパスは、永遠に美しくあり続ける。
長生きすることで、100年息をすることで、私の美しさは保たれる。
皺が増え、髪は白くなる。でも私は美しい。
サイコパスは、美しいものを壊す。
それが……私の美しさの秘訣だ。
XCV. ムービー・フォーエバー
目の刺激は耳の2,000倍。
どこかでそんなことを聞いた。
確かに……そうかも。
頑張って働き続けた1日の終わりに目が辛くなることって結構あるよね。
目を閉じて深呼吸してみると、疲れがどっと溢れてくる。じっとりとじっとりと味の出てくるモツ肉を噛み締める……みたいな。
そんな感じ、みんなも味わったことあるんじゃない?
それだけ目から入ってくる情報刺激は強いんだろうね。
そこでね……
サイコパスは、新たな拷問方法を提案する。
ずばり、「ムービー・フォーエバー」!!
その名前の通りなんだけど、一応説明を加えとく。
拷問したい相手を椅子に縛りつけて、瞼を切り落とすの。
そしたら、次に、ポップコーンとコーラを机の上に揃えて、準備完了。
あとは、私のオススメする最高の映画を永遠と上映し続けるだけ。
興奮するアクション映画や背筋凍るホラー映画、ハラハラ楽しめるパニック映画、涙流れる感動映画、ゲラゲラ笑えるコメディ映画、ほっこり温まるラブロマンス映画。
もぉー、完璧。最高すぎる~!!
24時間365日、ずっとずっとずっとずっと観せてあげるの!
もはや楽しすぎて、拷問じゃないよね、これ。
サイコパスは、映画が好きなの。
XCIV. 好きだからこそ
サイコパスは、同僚に相談した。
「最近好きな人ができたんだけど、どうしたらいいと思う?」
相談した相手もまた、サイコパス。
同じサイコパスだからこそ、悩みを打ち明けた。きっといい答えが聞ける。そう思って彼は、サイコパスである会社の同僚に悩み相談。
「まぁ、素敵なことじゃない! 好きな人ができたなんてロマンチックね!」
同僚は少し興奮気味に、満面の笑みで祝福してくれた。まだ「好きな人ができた」と言っただけなのに、同僚はまるで結婚を祝うように喜んでくれた。
「その子のこと、どのくらい好きなの?」
「え~、そんな質問するなよ。恥ずかしいだろ」
サイコパスは、同僚と弾む恋バナに少し照れてしまう。
「もしかしてその子って、この会社の子?」
「…………」
「その反応は、イエスってことよね」
とんとん拍子に剥がされていく真実。同僚はうまい具合に表情から詮索していった。
「もちろん同じ部署ではないよね。ってことは……経理部? 人事部? ……人事部ね!」
何一つ答えていないのに、表情が答えを教えてしまったようだ。正解を導くことのできた同僚はうきうきとはしゃぎ始める。
「なるほど、なるほど。そうかそうか。人事部か~。そうよね。あそこはかわいい子多いもんね」
自分のことのように嬉しさを表に出す同僚。
サイコパスは、些か不安になった。
というのも、同僚がこれほどまでに他人のことで喜ぶだなんて、もの凄く違和感があったからだ。普段の同僚は、冷静沈着。仕事に真正面から向き合い、定時に帰る。だが仕事の効率は非常によく、誰も文句を口にすることができないほど。
仲がいいとはいえ、同僚の笑顔をあまり見たことがなかった。
だからこそ……
サイコパスは、不安になる。
「ねぇ。その子の名前なんて言うの?」
顔を突き出して前のめりに訊いてくる。
「いいでしょ……名前ぐらい。ねぇ教えてよ」
少しだけ同僚のトーンが低くなった。芯の通った声が、不安を……いや、恐怖を募らせる。
サイコパスは、同僚の目に怯えた。
「うーん……名前はちょっと……」
窮屈な空気の中、何とか言葉を口に出す。だがそれは、同僚を満足させるような答えではない。
僅かに歪んだ気がした。同僚の顔が、強張るように震えた気がした。
「…………」
沈黙。同僚の沈黙が恐怖を煽り、その時間は永遠のものに感じた。
だが実際は、一瞬のこと。
「ふ~ん。いいじゃない別に……名前ぐらい。減るもんじゃないし。それに名前教えてくれないと相談に乗れないよ」
同僚はそう答えると、偽りのない笑顔を表情筋に作らせた。
それを見た途端に確信する異常さ。同僚に恋バナを相談したことを後悔することになったのは……翌日のことだった。
サイコパスは、会社に来てそのことを知る。
「昨夜、人事部の〇〇さんが……亡くなりました」
唐突に知らされた真実。
想いを寄せていた彼女の名前が朝礼会で出たことに息を呑んだ。
同時に、同僚の姿を探す。
すると……遠く離れたところにその姿を見つけた。
姿勢を正しながらも、何食わぬ顔で、秘かにほくそ笑んでいた……。
視線を感じた同僚がこっちを見る。
思わず顔を逸らし、見られている感覚に怯えながらも、必死に耐える。全身から流れ出る冷たい汗。反面、青ざめた顔の筋肉は固まってしまっていた。
きっと……彼女だ。彼女が……