サイコパスの素顔

小説を書いています。映画レビューもしております。

XCIV. 好きだからこそ

 

 サイコパスは、同僚に相談した。

 

「最近好きな人ができたんだけど、どうしたらいいと思う?」

 

 相談した相手もまた、サイコパス

 同じサイコパスだからこそ、悩みを打ち明けた。きっといい答えが聞ける。そう思って彼は、サイコパスである会社の同僚に悩み相談。

 

「まぁ、素敵なことじゃない! 好きな人ができたなんてロマンチックね!」

 

 同僚は少し興奮気味に、満面の笑みで祝福してくれた。まだ「好きな人ができた」と言っただけなのに、同僚はまるで結婚を祝うように喜んでくれた。

 

「その子のこと、どのくらい好きなの?」

「え~、そんな質問するなよ。恥ずかしいだろ」

 

 サイコパスは、同僚と弾む恋バナに少し照れてしまう。

 

「もしかしてその子って、この会社の子?」

「…………」

「その反応は、イエスってことよね」

 

 とんとん拍子に剥がされていく真実。同僚はうまい具合に表情から詮索していった。

 

「もちろん同じ部署ではないよね。ってことは……経理部? 人事部? ……人事部ね!」

 

 何一つ答えていないのに、表情が答えを教えてしまったようだ。正解を導くことのできた同僚はうきうきとはしゃぎ始める。

 

「なるほど、なるほど。そうかそうか。人事部か~。そうよね。あそこはかわいい子多いもんね」

 

 自分のことのように嬉しさを表に出す同僚。

 

 サイコパスは、些か不安になった。

 

 というのも、同僚がこれほどまでに他人のことで喜ぶだなんて、もの凄く違和感があったからだ。普段の同僚は、冷静沈着。仕事に真正面から向き合い、定時に帰る。だが仕事の効率は非常によく、誰も文句を口にすることができないほど。

 仲がいいとはいえ、同僚の笑顔をあまり見たことがなかった。

 だからこそ……

 

 サイコパスは、不安になる。

 

「ねぇ。その子の名前なんて言うの?」

 

 顔を突き出して前のめりに訊いてくる。

 

「いいでしょ……名前ぐらい。ねぇ教えてよ」

 

 少しだけ同僚のトーンが低くなった。芯の通った声が、不安を……いや、恐怖を募らせる。

 

 サイコパスは、同僚の目に怯えた。

 

「うーん……名前はちょっと……」

 

 窮屈な空気の中、何とか言葉を口に出す。だがそれは、同僚を満足させるような答えではない。

 僅かに歪んだ気がした。同僚の顔が、強張るように震えた気がした。

 

「…………」

 

 沈黙。同僚の沈黙が恐怖を煽り、その時間は永遠のものに感じた。

 だが実際は、一瞬のこと。

 

「ふ~ん。いいじゃない別に……名前ぐらい。減るもんじゃないし。それに名前教えてくれないと相談に乗れないよ」

 

 同僚はそう答えると、偽りのない笑顔を表情筋に作らせた。

 それを見た途端に確信する異常さ。同僚に恋バナを相談したことを後悔することになったのは……翌日のことだった。

 

 サイコパスは、会社に来てそのことを知る。

 

「昨夜、人事部の〇〇さんが……亡くなりました」

 

 唐突に知らされた真実。

 想いを寄せていた彼女の名前が朝礼会で出たことに息を呑んだ。

 同時に、同僚の姿を探す。

 

 すると……遠く離れたところにその姿を見つけた。

 姿勢を正しながらも、何食わぬ顔で、秘かにほくそ笑んでいた……。

 

 視線を感じた同僚がこっちを見る。

 思わず顔を逸らし、見られている感覚に怯えながらも、必死に耐える。全身から流れ出る冷たい汗。反面、青ざめた顔の筋肉は固まってしまっていた。

 

 きっと……彼女だ。彼女が……

 

 サイコパスは、サイコパスでありながら、サイコパスの恐ろしさを初めて知ることになった。